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【資産運用のブティック街ー投資の地力養成講座】

≪国際投資環境の視点から≫

─それでも日本は変われない---今よみがえる「ArthriticJapan」ー

【応用編・講座】≪国際投資環境の視点から≫ーそれでも日本は変われない---今よみがえる「ArthriticJapan」ー

ダメな国

日本はどうしてこんなにダメな国なったのか。コロナウィルスへの対応を見ていて改めてその感を深める。

不足だらけだ。マスク、消毒薬、病院、ICU、人工呼吸器、医師、看護師などモノや人材の不足はアメリカやドイツと一桁違う。しかも危機に応じて柔軟に対応するシステムができていない。

緊急事態に即応して足りないものを増やそうにもがんじがらめの規制や業界や組合の取り決め、さらには組織内規などで身動きが取れない。

古くからの省庁の垣根や業界の分業体制が新たな領域や需要を前に足をすくませているかのようだ。

検査を増やすことすらままならない。

コロナ統計で日本の検査数だけが異常に小さい。人工呼吸器を自動車メーカーや機械メーカーが造ることも自由にならない。

限られた製造業者や輸入業者がクウォータ(枠)を作り寡占価格を享受する仕組みが出来上がってきたのだ。

それに天下りが絡む。医療従事者の負担を軽くしようにも医療産業が厚労省とともに作り上げた制約を取り払うことなしに何もできないという逆噴射現象が生じている。こうした制約は無視すると法令違反を問われるほどに縛りが強い。

世界で当たり前の遠隔診療すら特殊例外的扱いで臨時的にようやく認められたばかりで、コロナが収まれば再び禁止される。

渦中にいる医療従事者たちこそ縛りを取り払わなければならないことを理解している。

だが、自らが既得権を維持するために積み重ねてきた仕組みゆえに、そして平時に復したときに己を守るための縛りであることを自覚しているがゆえに、声すら上げることができない。

正義感に駆られて声をあげると後で村八分に会いかねない。

そばで見てきたアクセスジャーナリズム(仲間内ジャーナリズム)は最初から変えられない事情を忖度して問題の本質や本質を追跡できる情報を知らせようとしない。記者クラブカルチャーにどっぷりつかり大本営発の情報を発信するばかりで独自の取材すらして来なかったので、まわりまわってジャーナリストの能力は目を覆うばかりに劣化してしまっている。

賢くインサイダーに徹しているベネフィットに目がくらんでいるうちに、もはや一本独鈷になる勇気のかけらもわいてこないほど能力が委縮しコストの大きさを思い知らされているのかもしれない。もちろんお上も本当のことを国民に知らせない。

ほとんどの当事者はやるべきことをやらない。やったところで何のメリットもないのだ。透明性を欠く社会の実情である。

辛口批評

ここまでくれば今や、日本国内よりも世界の方がこうした内情に通暁している。「診療報酬の改定や医科大学の定員制限、大病院の新規設立監視、地方における病床数の制限など開業医の既得権を守るためのロビー活動が日本医師会の主な仕事だと思っていたので、日本医師会がコロナウィルスにおける大病院の医療崩壊について頭を痛めていると聞いてびっくりした」最近聞いた日本での取材経験豊富な在日外国人ジャーナリストのコメントだ。

NHKの番組に会長など日医幹部が登場したことへの感想はブラックユーモアだった。「NHKは何を考えてああいう立場の人にもっともらしいコメントさせているのだろうか」今に始まったことではない。

昔から言い尽くされてきたことだ。もう15年以上前に出版されたアメリカのジャパノロジストのエドワード・リンカーン(モンデール駐日大使の経済特別補佐官等歴任)の著作「ArthriticJapan」が思い出される。

「それでも日本は変われない」の題で邦訳されている。全身老化して関節炎(Arthriticリュウマチ)状態に陥ってもはや治癒する見込みはない、という突き放した日本論だった。「日本は社会の隅々にまで大小さまざまな既得権が張り巡らされ身動きが取れなくなっている」というのだった。

こうした構造を批判する庶民とても終身雇用や年功序列や労働組合という既得権に守られ、一生かけて返済する住宅ローンを負っても不動産所有者になれば税制などで優遇される土地本位制の既得権者になっている等の指摘と分析がよみがえってくる。

知日派、ジャパンハンズとかジャパノロジストといわれる日本事情に通暁した外国出身の専門家たちが最後に到達するのがこうした超辛口の日本論である。ほとんどが日本人の配偶者を持ち10年以上日本で暮らした。

今から30年以上前には、リビジョニストといわれたジャパン・バッシャーがやはり日本の構造問題を取り上げていた。日本国内では、バブル期だったこともあり、日本の成功を揶揄する反日的日本研究者というレッテルを貼っていた。

当時、アメリカでこうしたレッテルを貼られた何人かと話す機会があった。

在米日本人社会は、「その多くはGMやFordなどの日米貿易摩擦を煽る企業に金をもらっている連中だ」、と冷たい目を向けていた。

じっくり話してみると、例外なく、日本を深く愛していたが、日本の社会問題に辛口の発言をするようになってから遠ざけられバッシングを受けているとの自覚を持っていた。

だれ一人、個人的に嫌いにはならなかった。

何よりも、日本をさらに発展させるために、フェアな意見の一つとして真剣に耳を傾けるべきではないのか、と思われた。ところが、在米日本人社会の彼らへの評価は、「日本に留学してきたときからずいぶん経済的にも面倒を見てやったのに、恩知らずな連中だ」という上から目線で貫かれていた。

日本は昔から自分に心地よいことをいってくれるよそ者しか仲間に入れてこなかった。それが視野狭窄と自己改造能力の欠如につながった一因かもしれない。

痛みを伴う対策

コロナ騒動に限っても、物不足、設備不足、人材不足があらわになり、先進国としてのインフラを欠いている日本。国民一人につき10万円の補助金をくれる。

くれるといっても何か月かのサイトのついた手形のような形でくれる。割引市場はない。

手元に来るまで少し我慢すれば、流動性の一時的解消には効果があるかもしれないが、問題はリキィディティ(流動性)でしかなく本来の支払い能力継続を担保する支払い能力強化(solvency)には必ずしもつながらないことだ。

この場合Solvency強化とは、多くの人が経済的ダメージから立ち上がり、継続可能な仕事に就けるようにすることだ。生産性の低いこれまでの仕事の多くはコロナ後には残らない。継続可能な仕事に就くには転職を強いられる。

緊急措置には失業や転職という痛みを伴うのだから、流動性補填とソルベンシー強化をかみ合わせた対応が不可欠だ。

企業支援にも似たことが言える。

打撃をこうむった企業に出資をする話が進んでいるが、大小を問わず、平時に戻ってもいずれやっていけなくなる企業にまで資本注入しても、ソルベンシー支援に名を借りたゾンビ企業への注射に終わる危険性が高い。失業、転職、倒産という痛みを伴う変化を不可避と考えて事を起こさなければリュウマチは悪化するばかりだ。

もう一つの変化阻害要因はデジタル技術普及の遅れだ。

教育、医療、商業取引、行政サービスなどへのデジタル技術の普及が進んでおらず、活用しようとするには許認可や業界の取り決め、社内ルール、教育の遅れなどの公私規制や組合そして未成熟なインフラが関所となって立ちはだかる。

大きな要因は、情報公開や透明性の向上を進めると困る既得権者たちがデジタル技術の輸出に前向きでも国内での用途拡大を抑制してきたことだ。

足元の医療に限ってもレセプト(診療報酬請求明細書)の電子化は世界に10年以上遅れてほんの数年前に実行されたにすぎない。特に日医の中核である開業医で遅れに遅れた。公平に普及させていくというお題目は否定しないが、実行には多少のことには目をつむり変えられるところから一挙に変えてしまうしかない。

日本はGAFAのようなプラットファーマーこそ作り出せなかったが、デジタル要素技術ではいまだに優れている。ただ、自慢できるのは要素技術だけでソリューションを作ることができていない。ソリューションを作られると困る集団が抵抗勢力になってきた結果、ハードソフトを統合する力が朽ちてきたことを思い知らねばならない。

その典型が厚生労働省や文部科学省が所掌するサービス産業の国際競争力低下である。コロナ対策の主務大臣が加藤氏から西村氏に切り替わったことはこの事実と符丁する。かくなる上は、ソリューションの提供は中央集権から地方分権へ切り替えることである。

その方が、切磋琢磨が相乗しロジックとアルゴリズムの進歩が促進されるというものだ。

物事の決め方がこんな塩梅だから、習近平を国賓で呼ぶ話やオリンピック開催時期の変更にもたつき、コロナ対策が後手に回ったのだ。巨大クルーズ船での集団発生には、船籍国や船長の責を問うこともせず右往左往して合理的に対応することができなかった。避けられぬ痛みを避けている限り、情けない国情は変わらない。

第2、第3の波が襲ってきたらまた同じことを繰り返すのかもしれない。それでも自分たちは一流だと思い込んで辛口コメントを発するよそ者を馬鹿にするのだろうか。

 

     

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