「タフであれ」

私はしょっちゅう「タフであれ」という言葉を使う。

再読するときには、そこに意識を集中してほしい。タフであるということは、意識をもって選択することである。何かを決めるときには、その選択肢を取る理由を常に意識すべきだからだ。ガソリンスタンドでスナック菓子やホットドッグを買うときにも、それが理由のある行動なのか、それとも価値観と目標に沿った行動なのかを意識すべきだ。

少なくとも家庭料理ではないし、全粒粉のサンドイッチやサラダのほうが、健康的なはずだ。天気がよい日に早めにオフィスを出るのは、子どもと多くの時間を過ごすためか、激務が続いたから休息が必要だから。

そうでないなら、誘惑に負けずに、夢に一歩近づくために少し余分にがんばる道を選択すべきなのだ。タフになるということは、自分が望む生き方をすることだ。

なぜなら、最良と考える生き方を実践するには、大変な勇気が必要だからだ。私たちは、友達、両親、同僚といった、周囲の人が期待する生き方をしがちである。大部分の人が正しいと思っているのとは違う生き方をしたいなら、独力でがんばらなければいけない場合も出てくる。批判さえ受けるかもしれない。それはよい兆候なのだ。批判されても、違うことをする勇気を持っているということなのだから。

タフであるということは、違う考え方をする勇気を持つことである。人生で偉業を成し遂げる人は誰でも、人よりちょっと大きなことを、少し深く考える勇気を持っている。それを毎日行っているのだ。どうせ夢を持つなら、大きな夢を持てばいい。どのみち考えるなら、少しタフに考えればいいのだ。もっとひんぱんに、自分のコンフォートゾーンの外に出る勇気を持てばいい。

自分に挑戦することを、習慣にするのだ。タフであるということは、つらくても進み続けるということだ。日常生活の中で、毎日、あるいは週に何度か、不愉快なものと接触するスペースを作ってほしい。その時間から何かが学べる。より速く進化できる。

少し早起きすれば、その夜に頭を枕につけるときに、少し気分がいいはずだ。少し多くのことを達成できたことや、朝寝をしたい誘惑に負けなかった自分を誇らしく思えるからだ。

日々、少し余分に活動する、少し仕事を頑張り、少し賢く考え、少し効率的に動く。まわりの人に対して、もう少し協力的に寛大に、熱意を持って接する。もっとイニシアチブを取る。努力によって「あの快感」を勝ち取れば、夢や目標に一歩近づけるのだから。ハードな練習をしたり、競争で戦ったりして、苦痛を感じはじめても、そのまま続けよう。痛みを意識して、このまま続ければどうなるだろう、と自問してみよう。

苦痛を感じるときは、生理学的に考えれば、「のんびりやりなさい」と身体が命じているのである。でも、タフな信念を持っているあなたは、やめないで続けよう。シグナルを出すのが少し早すぎるのだと、身体に教えよう。乳酸のせいで動きを止めなくてもいい。もう少し先までいこう。さらに一生懸命、がんばり続けよう。苦痛を恐れるな。苦痛が好きだと思え。苦痛にかかわらず、テクニックに集中するのだ。

私は勝つ。フィニッシュ・ラインを過ぎれば、休むことができる。私はほほえむ。次の険しい丘を砕いてやる。他の人が降参する場所こそが、私がスタートを切る場所だ。私はうめき、不平を言い、罵り言葉を吐く。苦痛は、私がまだ生きている証拠だ。苦痛は一時的なものだ。進み続けろ!

人生はシンプルだ、というのは大きな誤解である。人生は厳しい。しかし大切なのは、人生に痛い目に遭わされたことではなく、あなたがどれぐらい受け入れて、それでも進み続けられるかである。私は、逆境やタフな状況を歓迎することを学ぶことさえ、可能だと思っている。あなたの感情は、忍耐によって育まれるのだ。あなたは、コンフォートゾーンから何度でも踏み出せる人だ。

たいていはうまく行くが、いかないときもある。そのことを受け入れてほしい。その覚悟さえあるなら、想像を絶するほどすばらしい「あの快感」がきっとあなたを待っている。あなたは、今よりもっと上に行けるのだ。

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