生活防衛の違った視点

政府が借金を返せなく(なりそうに)なってインフレになったとき、円を実物資産や外貨建て資産に換える方法では、日常生活に支障をきたさないようにするのはかなり困難だ、ということである。

そこで、インフレの時に生活防衛をする別の方法を考えてみよう。

その方法とは、個人の資産・負債構成(ポジション)を、政府や日銀とできるだけ同じ資産・負債構成を採る方法である。財政赤字が原因となってインフレになるということは、政府にとってインフレにして得をする誘因があるからである(現在の日本政府がそうであるか否かは別問題である。財政赤字が原因でインフレになる、と現時点で短絡的に断定はできない)。

もしあるならば、その誘因の根源となるのが、政府の資産・負債の内容である。政府にとって、インフレによって実質価値が目減りする負債の額の方が、同様に目減りする資産の額よりも多いならば、通常の税収だけを用いては債務の返済が滞るとき、政府はインフレにしたいと望むだろう。

ただ、日本銀行の研究などでは、必ずしも日本政府はインフレにしても得をしないという推計もあるから、本当に日本政府がインフレにして得をするかは微妙である。さはさりながら、インフレを直接的に起こすことができるのは、日本銀行、日本銀行の人事に関与できる国会・与党、ひいては政府であるから、この中の誰かがインフレにしたいという誘因を持たなければ、インフレにはできない。

つまり、この中の誰かがインフレにすると得をすると思っていないと、インフレにはしない。この観点に立てば、このインフレから自分の生活を守りたければ、政府や日銀とできるだけ同じ資産・負債構成ないしは、それよりももっとインフレによって得をする資産・負債構成を採れば、個人でもインフレによる損失を軽くする、あるいは受けずにすむといえる。

つまり、インフレから自分の生活を守る方法の一つは、対処療法的に、政府と同じポジションを採ることである。政府のポジションはどうなっているのだろうか。国と地方を合わせた政府の資産・負債構成を、内閣府『国民経済計算年報』で公表されている二〇〇〇年末現在で見てみよう。政府は約三二〇兆円の資産を持っているが、そのうち非金融資産(土地や固定資産)として四七%、株式・出資金(NTTやJR株、公営企業への出資)として一八%、現金・預金として一五%、その他(債券、対外資産等)として二〇%という割合で持っている。

その資産の財源をどこから調達したかというと、資産に対して二〇一%(資産の約二倍)を負債(国債・地方債・借入等)によって調達し、九%をそれ以外(出資金等の資本)によって調達している。要するに、現時点での国と地方を合わせた政府は債務超過である。

しかし、その債務超過分は、企業と違って、将来の徴税権という国民に対する請求権によって埋め合わせることができる(もちろん、インフレ税も含む)。この債務超過となっている分、つまり将来の徴税権という請求権を資産と見なせば、国と地方を合わせた政府の資産・負債構成は、非金融資産(土地や固定資産)として二二%、株式・出資金(NTTやJR株、公営企業への出資)として八%、現金・預金として七%、その他金融資産(債券、対外資産等)として一〇%、将来の徴税権として五三%という割合で持っていて、そのほぼ全額を負債によってまかなっている、ということになる。

そこで、一般の個人に引き戻してこれを考えれば、次のようになる。実際、マイホームを持つ多くの日本人は、住宅ローンを組んでいる。その住宅ローンは、将来得るであろう所得を暗黙の担保にして借りている。

それは、いわば政府が将来の税収を暗黙の担保にして借りているのと同じである。例えば、今後残りの生涯で一億円の所得を稼ぐとする場合、政府と同じ資産・負債構成にするには、次のようになる。家と土地(非金融資産)として四二一〇万円、株式に一五八〇万円、現金・預金として一三三〇万円、その他金融資産(債券、対外資産等)として一八四〇万円、残りの生涯所得(いわば人的資産)として一億円という割合で持ち、その財源としてほぼ全額を負債によってまかなえばよいことになる。そのためには、一億九〇五〇万円もの負債を負ってよい。

というより、個人としてそれだけのお金を借りられなければ、政府と同じポジションを採ることができない。そう考えれば、個人にはもちろん借入制約があるので、右記は実現不可能だ、といえるかもしれない。もしそう思われる方は、残念ながら政府と同じポジションを採ることができないから、政府がインフレによって得をする場合、その人は損をすることになるかもしれない。

しかし、右記を次のような意味で考えることも可能である。今後残りの生涯所得が一億円もあると予想され、ほとんど借金をしていない人は、インフレによって損をしたくなければ、インフレになる前にもっと借金をすべきだ、ということである。逆にいえば、日本の消費者は意外と「借金嫌い」なのかもしれない。借金は道徳的に許せないといっても、インフレになって自分の財産をみすみす紙切れ同然にしてしまうよりかははるかによいことである。

右記の話を単純に言えば、財政破綻に伴うインフレから自分の生活を守りたければ、インフレによる資産の実質価値の目減りを相殺するべく(相殺して余りあるほど)、借金をしておくべきだ、ということになる。今、借金をしてインフレに強い(価値が目減りしにくい)資産に投じておけばよいのである。

ただし、全ての日本国民が同じポジションを採ることはできない。結局は、インフレになろうとデフレになろうと、誰かが得をし、誰かが損をすることを、きちんと認識する必要がある。さらに付け加えれば、右記で述べた話は、話を簡単にするために多少極端に述べている。上記の通りにすれば、必ず得をする、必ず損をしない、とは絶対に断言できない。あくまでも、一つの考え方である。金融機関のセールスで使われる言葉ではないが、右記の話は「値動きによってリスク等が生じる可能性があるため、元本が保証されているものではありません」。

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